岡村さんは、ブラジルを拠点に活動を続けている記録映像作家だ。やわらかいと思えば堅く、真面目と思えばどこまでもくだける。絵に描いたような仕事人間であり、しかし同時に家族を愛する料理上手のやさしい父親でもある。彼の仕事の質、内容、姿勢、哲学を考えるに彼の活動はもっともっと注目されなくてはならないといつも思う。彼にヤマっ気がないからか、一歩身を引く潔い紳士だからか、取材対象がジミだからか、その思い当たるところは色々ある。高い注目を浴びるためにどうしたらいいか、彼は熟知しつつ、巨大組織や権威を無視し、時として権力にさえ牙を剥く。そしてそれを含めて、ひややかに周囲を見つめ続けている。つまり骨の髄までジャーナリストなのだ。毒されない、純粋な生き方を見せられ、私はいつも心が洗われる様な思いがある。彼がいてはじめて伝わる大切な歴史がある。ここには歴史に埋もれつつある真実を見つめる、現代の良識がある。彼をもっと多くの人に知ってもらいたいと思う。
1987年、フリーとなりブラジルに移住。以降、「すばらしい世界旅行」の他、「新世界紀行」(TBS)「スーパーテレビ情報最前線」(日本テレビ)などの番組ディレクターを務める。1991年、小型ビデオカメラを用いたひとり取材に開眼。アジアプレス・インターナショナルの野中章弘代表らとともに映像記者・ビデオジャーナリストスタイルの担い手としてNHK、朝日ニュースター、TOKYO MXなどで作品を放送する。1997年、「生きている聖書の世界 ブラジルの大地と人に学ぶ」の制作を契機に、以降はもっぱら自主制作を続けている。正史に登場しない埋もれた日本人移民を10年以上、記録し続けた「郷愁は夢のなかで」「ブラジルの土に生きて」「アマゾンの読経」の長編ドキュメンタリー・ブラジル無縁仏シリーズ3部作、在野の移民植物学者とともに南米各地を踏査した「橋本梧郎南米博物誌」シリーズ、ブラジル奥地の貧しい保育園を1年にわたって記録した「あもーる あもれいら」シリーズ、夭折した日本人考古学者の足跡を日本・フィリピン・カンボジアに訪ねた「KOJO ある考古学者の生と死」などの自主制作作品がある。作品の販売・レンタルは行なわず、制作責任者である岡村本人の立ち会う「ライブ上映会」スタイルを貫き、「ひとりでもご覧になりたい方がいればうかがう」方針のもと、既に日本と南米諸国を始め、欧米と東アジアなどの7カ国で上映活動を展開している。
在ブラジルの日本人記録映像作家。1958年11月東京都生まれ。早稲田大学第一文学部で考古学を学び、現代日本に残る縄文文化の痕跡を研究。1982年、日本映像記録センターに入社。日本のTVドキュメンタリー制作の草分け・牛山純一代表に現場主義の取材を叩き込まれる。「すばらしい世界旅行」「知られざる世界」(いずれも日本テレビ)の番組ディレクターを担当。処女作はシンガポールにロケした「ナメクジの空中サーカス 廃屋に潜む大群」(1983年)。1983年より毎年、南米に派遣され、「大アマゾンシリーズ」等を手がける。代表作に「大アマゾンの浮気女 最後の裸族地帯」(1984年)など。
<岡村淳のオフレコ日記>
「俺か? 俺はブラジルでも行くかなあ」。新幹線に爆弾を仕掛けた主犯・沖田(高倉健)の台詞である(「新幹線大爆破」佐藤純弥監督、1975年)。黒澤明は「生きものの記録」で水爆戦争におびえて一家を挙げてブラジル移住を図る日本人を描き、深作欣二は「資金源強奪」で日本の銀行強盗を「明日に向って撃て!」よろしく南米・ブラジルに渡らせてしまった。日本社会からのはみ出し者の夢見る地の筆頭は、ブラジルかもしれない。ある時は悪夢であっても。
「ブラジル」という呼称の始まりは大航海時代のヨーロッパ人が到来してからで、約500年の歴史を持つ。人類史のスパンだと、アフリカ大陸に誕生したヒトが拡散して南米大陸まで到達するのは、2〜5万年前のこととみられている。これまで「白人」到来以前の南米の先住民は単純に東アジアからのモンゴロイドと考えられてきたが、最近の研究では今日のオーストラリアのアボリジンのような形質を持つヒトがより古く生息していたことがわかってきた。モンゴロイドたちもいろいろな時期に陸路・海路など、様々なルートで南米に至り、南米の先住民たちは豊かな生態系のなかで多様な文化を築いてきた。過去も現在も、おそらく未来もコスモポリタンの地だ。
日本人のブラジルへの集団移住の歴史は100年を迎えたばかりで、この大陸の歴史のなかでは新参者に過ぎない。日本側の事情としては日露戦争後のあぶれた軍人たち、さらに疲弊する農村やスラム化する都市部の人口の国外へのはけ口が求められていた。
いっぽう明治時代以降、日本人移民を受け入れていたアメリカ合衆国で日本人排斥運動が始まり、黒人奴隷の解放にともなう新たなコーヒー農園での労働力を必要としていたブラジルに「金のなる木」を求めた日本人たちが殺到することになる。
この一世紀余りの間に第二次大戦中の空白期間を除いてブラジルに移住した日本人の総数は約25万人に及び、今日ではブラジルの日系人は第6世代まで登場して、日系人口は約160万人といわれている。ブラジルは世界最大の日系人口を抱え、日本以外でもっとも日本語の話されている国、とされてきたが、1980年代後半からの「デカセギ」ブームにより、最盛期には約30万人もの日系ブラジル人が日本で暮らすという、ポロロッカ(大逆流)現象が生じることになった。
「移民」という言葉が死語に近くなり、日本の近現代史のなかで、まさにグローバリズムのパイオニアとなった海外移民については、学校教育で触れられることもないのが現状だ。かたや国策として移住者を送り出し続けた現在のJICA(国際交流機構)は「われら新世界に参加す」といったクリーンでオシャレな移住史のPRを続け、いっぽう気鋭のジャーナリストや作家たちは日本国家からの「棄民」として移住者たちをとらえ続けようとしている。そうしたステレオタイプを離れて、ひとりひとりの移民が新大陸で抱いた夢と、その実現または崩壊までのプロセスを、同じ移民として寄り添い、時間と生活を共にしながら映像で紡いでいったのが、私のドキュメンタリー作品の特質かもしれない。
岡村監督による自作紹介作品すべて、製作・構成・撮影・編集・報告 岡村淳(名画プログラム除く)
アマゾンの読経
郷愁は夢のなかで
ブラジルの土に生きて
古代遺跡を探してブラジル奥地を回っていた岡村は、アマゾン源流の町で不思議な日本人の噂を聞く。その人は世間との交際を絶ち、ひとりで掘立て小屋に暮らしながら、ひたすら独自の「浦島太郎」の物語を作り続けているという。ようやく出会えた老人は、岡村に謎の多い物語を託して、再び消息を絶ってしまう・・・。(1998年/2001年・155分)
ブラジル・ミナスジェライス州の山峡に暮らす明治生まれの日本人夫妻の晩年に寄り添った記録。死期を察した夫はいかに死ぬかにこだわり、岡村にブラジル移民初期の秘話を託していく。農場の家事を担う妻は、現地の土を使った陶芸を始め、いかに生きるかにこだわり続ける。ある日、軍政時代に失踪した娘が訪ねてくるというが…。(2000年・152分)
1986年、アマゾン奥地で一人の日本人旅行者が消息を絶った。男の名は藤川辰雄。遺体のないまま、現地警察は水浴中の溺死として処理した。藤川はアマゾンで果てた日本人の無縁仏の供養中に失踪したのだった。藤川が残したメモを手がかりに、岡村は藤川の数奇な人生を日本と南米各地の関係者を訪ねて浮き彫りにしていく。(2004年/2006年・316分)
あもーる あもれいら第1部・イニシエーション
あもーる あもれいら第2部・勝つ子負ける子
下手に描きたい画家森一浩ブラジルの挑戦
ブラジルで生まれ、5歳の時に家族と共に日本へ引き上げ、その後は画家の道をひと筋に歩んできた森一浩さん。近年、封印していたブラジルの記憶がよみがえり、ブラジルで発表する作品は現地で制作することにした。還暦を迎えた森画伯のブラジルでの創作現場で、画家とドキュメンタリストとの奇妙なバトルとコラボが展開する。(2010年・97分)
ブラジル奥地の田舎町・アモレイラの貧しい子らの保育園の1年間にわたる記録の第1弾。両親のいる子供は1/3程度、各家庭は貧困・失業・暴力・麻薬といった深刻な問題を抱えている。保育園の新学期、通園を嫌がる子供たちは泣き叫び、次々と脱走していく。日本から保育士として派遣されたシスターたちの果てしない奔走が続く。(2007年・94分)
アモレイラの保育園にひどい暴力をふるう子がやってきた。彼は町の孤児院の子だ。シスターらの献身に、少年は徐々に心を開いていく。年の半ば、待望のお話し大会が始まる。スピーチの勝敗をめぐり、子供たちの激しい争いが続く。日本から派遣されたシスターは、子供たちを見つめながら長崎での被爆体験と亡き同僚たちを振り返る。(2008年・105分)
移住四十一年目のビデオレターグアタパラ編
40年目のビデオレターアマゾン編
赤い大地の仲間たちフマニタス25年の歩み<日本語・ポルトガル語バイリンガル版>
1962年にブラジルに渡った小島さん夫妻の出会いは移民船のなかだった。夫はベトナムに技術者として派遣される予定が戦争で中止、妻は南米移住に取りつかれた両親に連れられ、中学を中退しての渡航だった。日本政府の杜撰な移住計画に翻弄されながら、小島さんは日本への出稼ぎを経て、移住地の建て直しを図ろうとする。(2003年・73分)
1962年、戦後の海外移住がピークの時期に七百人近い移住者を南米4カ国に運んだ「あるぜんちな丸」第12次航。あれから40年、日本から同じ夢と不安を抱いて渡った同胞たちのその後は? 同船者の記録を開始した和田さんは、アマゾンで小船に乗り換えて別れた仲間の消息を訪ねるが、早々に亡くなった若者の多さに愕然とする。(2002年・78分)
20代でブラジルに派遣された佐々木治夫神父は、奥地のハンセン病患者の隠れ里に迷い込んでしまう。彼らと共に歩もうと、知識も資金もないまま、フマニタス(人類愛)と名付けた協会を立ち上げて、四半世紀。佐々木神父とフマニタスは、土地なし農民やストリート・チルドレンなど、社会の弱者の尊厳の回復のために奮闘を続けている。(2002年/2006年・66分)
パタゴニア 風に戦(そよ)ぐ花橋本梧郎南米博物誌
アンデスの花嫁<特別名画プログラム>
ギアナ高地の伝言橋本梧郎南米博物誌
1966年/日本/103分/東宝/監督・脚本:羽仁進出演:左幸子、高橋幸治/音楽:林光
軍国日本を逃れ、未知の植物を求めて21歳でブラジルに移住した植物学者・橋本梧郎さんの積年の夢は、あこがれのダーウィンが探検した南米最南端のパタゴニアを踏査することだ。88歳にして夢がかない、強行軍のなか、ヨーロッパ人が地上最悪の土地と呼んだ過酷な大地に、巧みに適応して花を咲かせる植物を発見していく。(2001年・123分)
90代にして現役の移民植物学者・橋本梧郎さんの最後の夢は、地球最古の秘境・南米奥地のギアナ高地の踏査だ。奇跡的な体調回復と篤志家の登場で夢がかなうが、異常気象の連続で、念願のテーブルマウンテン行きが危ぶまれる。そこは数億年前に他の大地から隔絶し、生命が独自の進化を遂げた霧の彼方のロスト・ワールド…。(2005年・103分)
アンデスに暮らす日本人と写真だけの見合いで結婚したタミ子。夫はインカ帝国の財宝探しに夢中になるが…。花嫁の異文化との邂逅、成長をアンデスのオールロケ描く羽仁進監督作。主演は左幸子。
「下手に描きたい 画家森一浩ブラジルの挑戦」
<ブラジル無縁仏3部作>「郷愁は夢のなかで」「ブラジルの土に生きて」「アマゾンの読経」
シティ・オブ・ゴッド<特別名画プログラム>
<あもーるあもれいらシリーズ>「あもーるあもれいら第1部」「あもーるあもれいら第2部」
2002年/ブラジル/130分/アスミック・エースc エンターテインメント監督:フェルナンド・メイレレス原作:パウロ・リンス
<橋本梧郎南米博物誌シリーズ>「パタゴニア風に戦(そよ)ぐ花」「ギアナ高地の伝言」
リオデジャネイロの貧民街を舞台に、少年が殺人に手を染め、街を仕切るギャングへと成長し抗争に明け暮れる姿を壮絶な描写で綴る。アカデミー賞監督賞など4部門ノミネート、ほか映画賞受賞多数。
※公開終了いたしました
<リーフレットPDFダウンロードはコチラから>
<料金>【1回券】一般 1,200円/学生・シニア 1,000円/J&B会員は各200円引き【5回券】一律 4,500円●各回完全入替制となります。●名画プログラムを除き、デジタル上映となります。
主催: 横浜ラテンフィルムフェスタ実行委員会後援: 横浜市APEC・創造都市事業本部協力: NPO法人 地球の心・日本、ステーキハウス ガウシャ